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虚空(3)





─ 秋の夕暮れ。僕はその景色をベッドに横たわり見ていた。移りゆく雲の動き、合間から雲を燃やすように赤く染める夕焼け。
自分の頭の中のもやもやも簡単に消し飛ばすくらいの風が吹かないだろうか。ゆっくりと流れていく雲を見ながら僕のもやもやは、どんどん広がるばかりだった。
この広い空の下、どこかに君は、いるんだろう。僕は、探すべきなのだろうか。それとももう諦めたほうがいいのだろうか。
そんなことを考えているうちに、また空は暗闇へと閉ざされてしまった。
「怖い」
興、また危険な目にあっていないか?と、自分が暴行されたシーンよりも、興のことばかりがフラッシュバックのように何度も何度も繰り返し頭をよぎる。
今もこの夜の町で、興があの男たちに追われているような光景を想像すると怖くなった。
僕は、病室から出ると、屋上へと上がった。さすがに季節は、容赦なく冬へ移り変わろうとしている。さっきまで願っていた風は、僕の思考回路を麻痺させるほどに冷たく、そして身体に突き刺さるような尖った凶器にも思えたが、少し頭の中、心の中を整理したいと思った。
朝、病院に運び込まれた僕は、CT検査やレントゲン撮影などいろいろな検査を受けたけれど、肋骨にヒビが入ったことを除けばあとは軽い打撲だけで済んだ。
けれど、検査の結果をふまえてということで、1日だけ入院することになったんだ。会社にはお昼頃に電話連絡を入れた。だけど、僕にとって肋骨のヒビよりももっとショックを受けたのは、警察だった。
「この少年か?あんたに暴行を加えたんは?」
出された写真は・・・興だった。
「違います!数人の男たちで、30代か40代くらいだったと」
と僕は少し声高々に反論したけれど、警察は、
「はあ。そやけどやな、目撃証言があって、あんたとその少年が一緒にいたというんやで」
「それは・・・」言葉に詰まった。
警察は、容赦なく続けた。
「この少年には、窃盗の疑いでも被害届が出てるし」
“窃盗”・・・。頭の中に、ママの言葉が浮かんだ。
『あの子に近づいたらダメよ。雇った私がいうのもなんだけど、あの子は危険なのよ』
『危険なのよ』
『危険』
「一応、あんたがいう男らのことも聞きこみしてるけど、これがさっぱりなんやわ。」
そんなはずはない!
と言いたかったが、僕の頭の中は、興の窃盗のことでいっぱいになって反論する余裕がないまま、言葉を失っていた。
「まだ記憶もはっきりせえへんようやから、また明日、聞きにきますわ」
と警察は帰っていった。
興は、本当に窃盗したのか。
考えれば考えるほど、訳が分からなくなってきていた。
他人からみれば、たった数回、お酒を飲んだ店子と客。
普通に考えれば警察の言うことを信じてしまうだろう。
僕は、自分の上着のポケットに手をいれるとちょっと古ぼけた赤い財布を取りだした。
興がもし客の財布に手をつけ盗むような子だとしたら、
どうしてこの財布は、僕のポケットの中にある?
取ろうとおもえば、いつでも取れた財布。
僕が酔っ払い、少し酔い覚まし~とソファで寝ころんだときに、財布は僕のポケットから床に落ちた。
けれど、興は、その落ちた財布をまた僕のポケットに入れ直した。
僕がトイレに行った時。財布は、上着のポケットに入ったまま、椅子の上に無造作に置かれていた。
僕が帰る時、興は僕に肩を貸し、そして代わりにポケットから財布をとってお金を払った。
取ろうと思えば、盗もうとおもえば、いつでも盗めた財布が、どうしていま、ここにあるというんだ。
僕には、腑に落ちないことだらけ。
そして興の言った言葉も気になった。
『ママに聞いたんでしょ?俺のこと。』
睨みつけるような目で、まるで僕を、そう、まるで裏切られたといったばかりに思えた。
僕は、信じてるんだ。だから探した。追いかけた。
だから僕は、もし、あの時、誤解させたのならそれを謝りたい。
僕は、そういうつもりで君を探していたんじゃないのだから・・・。
ヒューーーーーー。
今、気付いたんだ。涙が流れていたことに・・・。
まるで、涙をぬぐってくれるかのようにその冷たい風は、頬を撫でるようにさすった。
本当に言いたかった事は何も言えていない。
そのことが君を傷つけてしまったのかもしれないんだね。
僕の中で気持ちが固まったような気がした。
僕は、興を信じる。
警察がなんと言おうと、僕は信じる。そして、僕は、君の味方になる。
最初から分かっていたことなのに、どうしてここまでパッとしないような曇り空だったんだろう。
分かってみれば、簡単なことだ。
そして僕は、病室に戻り、また眠れないベッドに身体を沈めた。
ただ・・・僕は、この時、何も分かって無かったんだ。
浅はかに君を信じ、そして・・・僕は・・・。
(続く)



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